

なぜ今、アフリカの蜂蜜が注目されるのか?
2023年、アフリカ大陸は世界の蜂蜜市場において、最も高い生産成長率を記録した。このニュースは、国連食糧農業機関(FAO)によって発表され、世界中の農業関係者や経済アナリストの注目を集めた。これは単なる一時的な生産量の増加ではない。
アフリカの農業、経済、そして社会構造そのものに静かだが確実な変革をもたらす「甘い革命」の序章と捉えるべき現象である。
では、なぜ今、アフリカの蜂蜜がこれほどの熱視線を浴びているのだろうか。その背景には、複雑に絡み合った複数の要因が存在する。第一に、アフリカ大陸が秘める圧倒的な「自然資本」である。
手つかずの広大な森林やサバンナに広がる何千種類もの蜜源植物は、他に類を見ないユニークな風味と高い品質を持つ蜂蜜を生み出す土壌となっている。第二に、世界的な消費トレンドの変化だ。健康志向の高まりと共に、農薬や化学物質を極力使用しない「オーガニック」や「ナチュラル」な食品への需要が急増している。
アフリカの多くの地域では、集約的農業が未発達であるため、結果として農薬使用量が少なく、これが「オーガニック蜂蜜」の生産地として極めて有利な条件となっている。
しかし、アフリカの蜂蜜が持つ価値は、単なる商品としての魅力に留まらない。それは、大陸が抱える深刻な社会課題を解決する強力なツールとなり得るからだ。養蜂は、大規模な土地や資本を必要としないため、貧困に苦しむ農村部の小規模農家にとって、持続可能な収入源となる。
特に、伝統的に経済活動への参加が制限されてきた女性や、職に就く機会の少ない若者にとって、養蜂は経済的自立への扉を開く鍵となる。さらに、ミツバチの受粉活動は、周辺の農作物の収穫量を増やし、食料安全保障に貢献するだけでなく、森林保全へのインセンティブとしても機能する。
養蜂家は、蜜源となる森林を守ることに直接的な経済的利益を見出すため、違法伐採や環境破壊の抑止力となるのだ。
本記事【前編】では、この多面的な価値を秘めたアフリカの蜂蜜産業の全体像を解き明かす。まず、最新のデータを基にアフリカ蜂蜜産業の全体像を概観し、その驚異的な成長とポテンシャルを客観的に示す。
次に、産業化をリードする主要生産国を紹介し、伝統的な養蜂から近代化への転換点を探る。そして最後に、後編への導入として、具体的な成功事例を深掘りする予告を行う。この甘い恵みが、アフリカ大陸、ひいては世界の未来をどのように変え得るのか、その壮大な物語を紐解いていこう。

データで見るアフリカ蜂蜜産業の現在地
アフリカの蜂蜜産業は、今まさに歴史的な転換点を迎えている。かつては地域内で消費される伝統的な産物と見なされていたが、近年、その経済的・社会的価値が再評価され、大陸全体で力強い成長を遂げている。このセクションでは、具体的なデータを基に、アフリカ蜂蜜産業の「現在地」を客観的に描き出す。
驚異的な成長と世界における位置づけ
アフリカ蜂蜜産業の最も注目すべき点は、その成長速度である。国連食糧農業機関(FAO)が2025年の世界ミツバチデーに発表した報告によると、アフリカ大陸は2023年において、世界で最も高い蜂蜜生産の成長率を記録した。
同年の世界の蜂蜜総生産量は189万4,000トンに達し、そのうちアフリカは約22万3,000トンを生産。これは世界全体の約12%に相当するシェアであり、大陸の農業セクターにおける存在感が着実に増していることを示している。この成長は、単に生産量が増えただけでなく、養蜂がアフリカ各国の経済開発、食料安全保障、そして環境保全において重要な役割を担う産業として認識され始めたことの証左でもある。
アフリカ大陸の蜂蜜生産勢力図
アフリカ大陸と一括りに言っても、その生産構造は国によって大きく異なる。一部の国が生産量の大半を占める集中型の構造が特徴だ。2023年のデータに基づくと、アフリカの蜂蜜生産国トップ10は以下の通りである。この10カ国だけで、アフリカ全体の蜂蜜生産量の約91%を占めている。

データソース:Live Beekeeping (2025), FAO data
このグラフが示すように、エチオピアは84,591トンという圧倒的な生産量で、アフリカ大陸のリーダーとして君臨している。これは2位のタンザニア(31,613トン)の2.5倍以上、3位のアンゴラ(23,459トン)の3.5倍以上であり、その突出した地位が際立つ。
上位3カ国(エチオピア、タンザニア、アンゴラ)だけで、大陸全体の生産量の約62%を占めており、アフリカの蜂蜜産業がこれらの国々によって強力に牽引されていることがわかる。一方で、ケニア、中央アフリカ共和国なども重要な生産国として名を連ねており、東アフリカと中央アフリカ地域が生産のハブとなっている構図が見て取れる。
アフリカ蜂蜜を牽引する主要生産国
アフリカ大陸の蜂蜜産業を牽引しているのは、一部の先進的な国々である。これらの国々は、単に自然の恵みに頼るだけでなく、伝統的な養蜂文化に近代的な技術と国家戦略を融合させ、産業としての飛躍を試みている。ここでは、アフリカ蜂蜜産業の「ビッグ3」とも言えるエチオピア、タンザニア、ケニアを概観する。
エチオピア:アフリカ最大の「巨人」
名実ともにアフリカ最大の蜂蜜生産国。その歴史は古く、養蜂は文化に深く根付いている。1,000万以上の蜂群と約800種類の蜜源植物という比類なき自然資本を誇り、ティグライ州の「白いはちみつ」など、世界的に評価されるユニークな蜂蜜を生み出している。現在、伝統的な生産手法から近代化への移行期にあり、その巨大なポテンシャルが解き放たれようとしている。
タンザニア:国家戦略で追う「野心家」
アフリカ第2位の生産国。広大なミオンボ林など手つかずの自然を武器に、「2035年までに生産量倍増」という野心的な国家ビジョンを掲げている。近代化、輸出促進、社会包摂(特に女性や若者の雇用)を三本柱とする戦略で、隣国エチオピアやケニアの成功に学びながら、次世代の「蜂蜜大国」の座を狙っている。
ケニア:小規模農家が主役の「革新者」
乾燥地帯に暮らす小規模農家が産業の主役となっている点が特徴。気候変動に強い養蜂は、持続可能な収入源として注目されている。「Honey Care Africa」のような社会的企業が、農家に近代巣箱のリース、技術指導、買取保証を行う革新的なビジネスモデルを構築し、草の根からのサクセスストーリーが生まれている。

伝統から近代へ:アフリカ養蜂の転換点
アフリカ蜂蜜産業の成長の鍵を握るのが、伝統的な養蜂から近代的な手法への転換である。この移行は、単なる技術の更新に留まらず、生産性、品質、そして農家の収入を劇的に変える可能性を秘めている。
伝統的養蜂の課題
アフリカの多くの地域では、木の幹をくり抜いて作る「丸太巣箱」や、樹皮、土などで作られた巣箱が今も主流である。これらの伝統的巣箱は、安価で手軽に作れる一方、以下のような大きな課題を抱えている。
- 低い生産性: 巣の内部を管理できないため、蜂蜜の収穫量が少なく、1つの巣箱から年間5〜10kg程度しか採れないことが多い。
- 品質管理の難しさ: 収穫時に巣を壊す必要があるため、蜂蜜に不純物(幼虫や巣のかけら)が混入しやすく、品質が不安定になる。
- 持続可能性の問題: 収穫のたびに蜂のコロニーが大きなダメージを受け、時には全滅してしまうこともある。また、巣箱を作るための森林伐採も問題となる。
近代化がもたらす変化
この課題を克服するため、各国で近代的な巣箱の導入が進められている。代表的なものに「ラングストロス式巣箱」や、ケニアで開発された「ケニアトップバーハイブ(KTBH)」がある。これらの近代巣箱は、以下のようなメリットをもたらす。
- 生産性の飛躍的向上: 巣の内部を簡単に点検・管理できるため、蜂の健康状態を保ちやすく、収穫量も年間25〜50kgと、伝統的巣箱の3〜5倍に増加する。
- 品質の向上: 遠心分離機などを使えば、巣を壊さずに蜂蜜だけをきれいに抽出できるため、高品質な蜂蜜を安定して生産できる。
- 持続可能性の確保: 蜂のコロニーへのダメージを最小限に抑えながら、繰り返し収穫が可能。これにより、持続的な養蜂経営が実現する。
エチオピア政府は「Bounty of the Basket」イニシアチブを通じて近代巣箱の導入を支援し、タンザニアも国家戦略の一環として技術トレーニングを全国展開している。ケニアでは社会的企業がリースモデルで普及を後押しするなど、そのアプローチは多様だ。この「近代化」こそが、アフリカの蜂蜜を地域産品から世界市場で競争力を持つ産業へと押し上げる原動力となっている。

前編のまとめと後編への誘い
本記事【前編】では、アフリカの蜂蜜産業が、驚異的な成長率と豊かな自然資本を背景に、世界の注目を集める成長市場であることを概観した。データが示すように、エチオピアを筆頭に、タンザニア、ケニアといった国々が産業を牽引し、伝統的な養蜂から近代的な手法への転換が、その成長を加速させている。
前編のキーポイント
- アフリカは2023年に世界最高の蜂蜜生産成長率を達成し、世界の約12%を生産する主要地域となった。
- 生産は一部の国に集中しており、エチオピア、タンザニア、ケニアが産業の成長を牽引している。
- 伝統的な養蜂から生産性の高い近代的な手法への転換が、品質向上と農家収入増の鍵となっている。
- アフリカ産蜂蜜は、オーガニックとしての可能性や、貧困削減、環境保全への貢献といった多面的な価値を秘めている。
しかし、この「甘い革命」はまだ始まったばかりだ。各国はどのようにして具体的な成功を収め、どのような未来戦略を描いているのだろうか?
次回の【後編】「エチオピア・タンザニア・ケニア:アフリカ養蜂産業の成功事例と未来戦略」では、今回紹介した主要3カ国を深掘りする。
エチオピアの有機認証取得と欧州市場への挑戦、タンザニアの野心的な国家戦略と社会包摂モデル、そしてケニアの巧みなブランディングと中東市場開拓。それぞれの具体的な成功事例を分析するとともに、産業全体が直面する課題と、その解決策、そしてアフリカの蜂蜜がもたらす経済的・社会的インパクトについて、さらに詳しく解説していく。ご期待ください。
参考資料
[1]Africa Records Highest Honey Production Growth Rate in … https://360mozambique.com/world/africa/africa-records-highest-honey-production-growth-rate-in-the-world/
[2]Top 10 honey producing countries in Africa https://livebeekeeping.com/analytics/honey-countries-africa/
[3]World Bee Day 2025: Africa honey production has highest … https://www.fao.org/newsroom/detail/world-bee-day-2025–africa-honey-production-has-highest-global-growth-rate/en
[4]The African bee-keeping story | Global law firm https://www.nortonrosefulbright.com/en/knowledge/publications/7515691a/the-african-bee-keeping-story
[5]Comprehensive review on improved honey production https://www.frontiersin.org/journals/bee-science/articles/10.3389/frbee.2025.1588416/full
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